2010年8月30日月曜日

お酒は20歳・・・

言葉の話です。

お酒メーカーのCMを見ていると、CMの最後に20歳未満の飲酒禁止を促す意味の言葉が流れます。
K社とA社は「お酒は20歳になってから」、S社は「お酒は20歳をすぎてから」となってます。
ほんの少しだけど言葉が違います。でもそこから受ける感じは大きく違います。
私はS社の「すぎてから」に好感をもちます。

あくまでも個人的に受ける感じなんですが、K社とA社の「なってから」は、20歳になったらすぐに飲んでいいよ!、という感じを受けます。
S社の「すぎてから」は、20歳になって、すぐにではなくても、23歳でも、30歳でも、それ以上でもいいから、お酒を飲んでみませんか? と、そんな感じを受けます。あるいは、お酒を楽しめる年になってからでいいですよ、と、そんな懐の深ささえ感じます。
ちょっと考えすぎかもしれないですが、私はそう思いました。

ほんの少しの言葉の違いで、企業に対するイメージが大きく違ってきます。
同じように、ほんの少しの言葉の違いで、人に対する印象も違ってきます。
言葉は難しいです。

このブログを書いてる時も、出来るだけ言葉に気をつけてます。言葉を選んで書いてるつもりです。それもで、こんな言い回しでいいのかな、と思うことも多々有ります。
たまに以前の記事を読み直して、おかしいと思う言葉を書き直すこともあります。
やはり言葉は難しいです。
それでも、自分の思ったこと、感じたことを自分らしい言葉で表現できた時は、ほんの少しだけど、うれしく感じます。

ほんの少しの言葉の違いで、S社に好印象を持っている私ですが、実はお酒は飲めないです。
だからS社が出している缶コーヒーを飲むたびに、ああ、言葉は奥が深いなぁ、と思っています

2010年8月28日土曜日

iPad、おそるべし

iPadの話です。

アップルストアでiPadをさわってきました。
初めてのiPad体験です。
実際にさわるまでは、大きいiPhoneぐらいとしか思ってなくて、それほどiPadに対して物欲はありませんでした。

さわってみると、コレいいよ! スゴくいい!
操作感が素晴らしいです。直感でいじれます。バージョンは違いますがiPhoneと同じiOSを使っているので、ほぼ同じ操作性なハズなのですが、ディスプレイのサイズが違うだけで、かなり操作性、あるいは使い勝手が良く感じられます。特にソフトウェアキーボードはiPhoneに比べ打ち間違いがかなり少なくなり文章が打ちやすくなってます。まぁ、ディスプレイのサイズが違うので当然かもしれないですが。

一番思ったのは、コレは電子書籍とすごくい相性が良いはず、ということです。さわったiPadには電子書籍の「羅生門」がインストールされていて、少し読んだのですが、すごく見やすく、読みやすく感じました。最近MacBookで電子書籍を読んでいるのですが、それよりも読みやすく感じました。ipad=電子書籍という認識を、実際に触ってみてすごく実感しました。

残念なのは、少し重く感じたことです。片手でしばらく持っているとだんだん手が疲れてきます。アマゾンの電子書籍端末キンドルは最新モデルで約250gに対してiPadは約700g。機能差もあり単純に比較するのはおかしいかもしれませんが、電子書籍端末ということで考えれば、iPadはやはり重いです。重さに関しては、iPadの第2、第3モデルに期待したいところです。

iPadがさらに軽くなれば、ソファーに座って、あるいはベットで寝転んで読書、ネットを気軽に・・・そういう使い方にすごく向いている端末だと思います。

さわる前と、さわった後、こんなにも違う印象を持ったデジタルモノは初めてです。
すごく欲しくなりました。物欲全開です。
やはり何事もさわってみなければ、わかりませんね。

たっぷりとiPadをさわった後、すぐそばにあるMacBookをさわりました。
何故か上手く操作できません。まったく反応しません。
よく見ると、私の指はMacBookのディスプレイにタッチして操作しようとしてました。
iPad、おそるべし、です。

2010年8月24日火曜日

夏の終わりのそーめん

夏の話です。

8月も終わりに近づき、そろそろ秋の足音が聞こえてくる頃です。
少し前の盛夏の頃と比べてクマゼミの声も聞かなくなり、ツクツクボウシの声が聞こえ始めました。夜には耳をすますと、虫の音も聞こえてきます。
TVではシチューのCMが流れはじめ、スーパーでは秋のビールが売ってました。
少しづつ、秋の気配が感じられます。

しかし、まだまだ暑いです。猛暑です。バテそうです。
そんな暑い夏の食べ物は、やっぱりそーめんです。
子供の頃、そーめんのつゆは母親がきちんとダシをとって作っていました。
私はそのめんつゆが大好きで、そーめんを食べ終わった後、残っためんつゆを飲み干していました。
めんつゆは自宅で作るもの、それが当たり前だと思っていた子供時代でした。

一人暮らしをするようになって、初めての夏、当然そーめんを食べたくなり、さて、めんつゆをどうしようかと思っていると、スーパーで市販のめんつゆを見つけ、買いました。
一人暮らしで初めて食べるそーめんです。めんつゆは作り方通りに水で薄めて作りました。
そーめんをめんつゆにつけ、一口すすってみると・・・・、ダメでした。あまりにも口合わない、いや、こんなにマズいものがあるのかと思ったほどです。

その後、そーめんを食べる時は必ず自分でめんつゆを作るようになりました。もちろんダシをとって、醤油とみりんで味を整え、それを冷まします。時間かかっても必ずそうしてました。
それが当然だと思っていた一人暮らしの時代でした。

そして3年ほど前、市販のめんつゆを使ってそーめんを食べる機会がありました。
おそるおそる、そーめんをめんつゆにつけ、口に運ぶと・・・これが、意外にもなかなかいけます。少なくとも、初めて食べためんつゆとは雲泥の差です。
食品業界の技術の進歩、なかなか侮れません。
それ以来、市販のめんつゆでそーめんを食べることが多くなりました。たまには手作りのめんつゆで食べたいと思うこともありますが、市販品の手軽さと、そこそこの美味さは、手作りの煩わしを忘れさせます。

そう思いながらも、さっぱりとしたそーめんを食べたくなるような暑い日には、昼からちゃんとダシをとり、醤油とみりんで味を整え、冷ましたら容器に入れ、冷蔵庫で冷やし、夜の食卓では涼しげなガラスの器に盛られたそーめんを箸で取り、冷えためんつゆにつけ、ノド越し良く、つるり、と食べたいものです。
薬味には、ショウガとミョウガを添えるのを忘れないように。

子供の頃を思い出しつつ、そーめんが食べたくなる夏の終わりの暑い日です。

吹き替えについて思うこと

映画の話です。

前回の字幕版と吹き替え版の話の続きです。
今回は吹き替えを担当する声優さんについて書きたいと思います

最近の話題の映画の吹き替えを担当する人は、普段から洋画やアニメの吹き替えをしている専門の声優さんではなく、タレント、俳優、芸人さんなど専門ではない方が担当されることが多くなってきました。
これが問題です。
声を当てている役者さんに声質、雰囲気など合ってない人もいます。声が浮いているように聞こえることがあります。それ以前に吹き替えの技術が上手くない人もいます。もっとはっきり書けば、下手な人です。

では、なぜそういう人が吹き替えを担当するのでしょうか?
話題性のためです。専門の声優さんより知名度のあるタレント、芸人さんなどに担当してもらえば、TVや雑誌など芸能マスコミが取り上げてくれることが多くなります。つまりは宣伝です。
映画配給会社からすれば、映画はビジネスなので、多くの人に観てもらわなければ意味はないです。そのためには宣伝も必要です。それは理解できます。
以前、映画配給会社の宣伝担当の方が次のような意味の発言をしていました。
”どんな宣伝方法であっても、人が映画館に入った時点で我々の勝ちだ”
彼らにとっては仕事なのだから、そういう考え方もあるのかもしれないです。
でも、安易な吹き替えで作品の質を落としているように思えます。

面白そうな作品を吹き替えで観たら、TVでよく見るタレントさんが主演の声を担当していて、声を聴くたびにそのタレントさんの顔が浮かんできて違和感があり、しかも上手くなかったという感想を聴いたことがあります。内容は良い作品だったけど、残念に感じたそうです。

もちろん、専門の声優さん以外の人、芸能人の方でも吹き替えが合ってる人、上手い人もいます。特にもともと演技が出来る俳優さんの場合は上手い人が多いです。実際、専門の俳優さんは劇団などで芝居をきちんとしてる人が声優活動をしてることが多いです。
知名度があり、声質、雰囲気が合っていて、技術もある人が担当すれば何も問題はないのですが・・・。

STAR WARSの第1作目(エピソード4)が初めてTVで放送された時も、話題性を狙ってすごい吹き替えで放送されました。
主演の3人が渡辺徹さん、大場久美子さん、松崎しげるさんでした。はい、ハリソン・フォードが松崎しげるですよ! 別の意味ですごい話題でしたね。

著名人が声を当ていて、けっして吹き替えとしては上手くないのですが、この人以外の声は考えられないという作品があります。
「となりのトトロ」のお父さん役の糸井重里さんです。この人はセリフは棒読みです。下手です。でもすごく良い雰囲気が出ています。この作品は何度も観てるので、お父さん役は糸井重里さん以外の声では頭が受け付けてくれないと思います。
ま、あくまでも個人的見解ですが。

最近の知名度のある人に吹き替え担当させるのは、話題性のためなのはわかりますが、結局、話題だけで終わっていて、中身がないように思います。
別の意味で話題にはなるかもしれないですが、質は伴っていないように思えるのが昨今の話題性を狙った吹き替えに対する私の思いです。

2010年8月21日土曜日

字幕と吹き替えの間で

映画の話です。

劇場で洋画を観るときは字幕で観ることがほとんどです。
最近は吹き替え版の上映も以前より増えてきました。吹き替え版を観る人が多くなってきたそうです。理由は字幕を読むのがめんどくさいから・・・だそうです。
それでいいのか?
と、思いつつも、自宅でDVDを観るときは吹き替え版で観ることが多いです。
字幕を読むのがめんどくさいからではないです。吹き替え版のほうが情報量が多いからです。
字幕の文字数は限られているので、どうしてもセリフを意訳して本来の意味をかなり削っているような気がします。

劇場で字幕版を観た作品を、自宅でDVDの吹き替え版で観ると、結構発見があります。劇場で観たときはすっきりしなかったことが、自宅で観ると、なるほど!と思ったことも多々あります。それはセリフを吹き替えたことにより情報量が多くなったことも理由の一つだと思います。

ならば、劇場でも吹き替え版を見れば済む問題・・・ではないです。やはり俳優さんの本当の声も聴いてみたいのです。理想は英語圏の俳優さんでも日本語をしゃべってくれればいいのですが・・・無理ですね。

吹き替え版で映画を観ると、なんだか自宅のTVで映画番組を観てる気分になります。字幕で観てこそ、映画館での映画鑑賞である・・・、なんて偏屈なことは言いたくないのですが、映画館の雰囲気、字幕、そういうのが一体となって映画を観てるなぁ・・・という感じもします。

字幕版を観て、子供の頃から親しみ体に染み込んだ劇場での映画鑑賞という雰囲気の中、俳優の本当の声で映画を楽しむのか、吹き替え版を観てストーリーの理解度を深め、映画という作品を楽しむのか・・・、難しい問題です。

今現在、映画館では字幕版で観ることが多いのですが、今後は変わるかもしれないです。
少し前、「アバター」を観たときは、吹き替え版でした。やはり3D版を観たいと思い、ネットでの評判を調べると、3Dで奥行きを感じ、さらに字幕まで読むのは目が疲れるとのことでした。吹き替えの3D版を実際観ると、やっぱり吹き替え版で良かったです。目もそれほど疲れず、3D映像とストーリーを十分に楽しむ事ができました。
劇場で観る吹き替え版もそれほど悪くないです。以外に慣れるものかもしれないですね。

そう、もう一つ、吹き替え版の重要な問題がありました。吹き替えをする声優さんです。これが大問題です。

この話は、また次回。

2010年8月17日火曜日

ラジオデイズ

ラジオの話です。

子供の頃からラジオを良く聴いてました。中学ぐらいまではAM中心だったのですが、最近はFMを聴くことが多くなりました。
初めての自分専用のラジオは祖母からもらった小型のトランジスタラジオでした。次は兄からもらった3バンドラジオ。そしてお小遣いを貯めて買ったラジカセ。高校進学のお祝いに買ってもらったソニー製のデジタル目覚まし時計付きラジオもありました。このラジオは今でも現役で私の枕元で頑張ってます。小型のポケットラジオもありました。最近はUSB端子付きコンポでMacBookと接続しラジオを楽しんでます。

聴いている番組はジャンルを問わずいろいろ聴いています。音楽中心だったり、トーク中心の番組もあります。高校時代からずっと聴き続けている「JET STREAM」は今でも寝る時の定番番組です。
ラジオドラマも聞いていました。ベッドの中で目を閉じて聴く本、そんな感じで想像力をかき立てられました。ラジオドラマ自体はあまり番組数は多く無いのですが、かと言って無くなることもなく、今もなお放送していて、偶然に新たなラジオドラマに出会うことがあります。

この春、いつもより少し遅く目覚めた朝、寝ぼけた頭でラジオの電源を入れると、新しいラジオドラマが流れていました。半分眠ったままでなんとなく聴いていると、とても心地よい声でいい雰囲気のストーリーが流れていました。
Sound Library世界にひとつだけの本~」という番組でした。
朗読は女優の木村多江さんで、この人の声がすごく良いです。静かで、透き通るようでいて、凛とした雰囲気もあり、人を優しく包み込む声、とでも言うのでしょうか。

この番組はiTunesのPodcastでも配信されているのですが、実際放送されているラジオ番組とは少し違って使用されている楽曲が削られています。著作権関係の問題なのかもしれないですが、少し残念です。削られている楽曲もラジオドラマ制作に携わったスタッフがドラマの内容に相応しいと考え選曲したものだと思いますし、その楽曲を含めてドラマとして成り立っているはずです。

私はこの番組は出来るだけラジオ放送で聴くようにしてます。まだ少しまどろんでいる状態で聴く木村多江さんの朗読と心地よい楽曲は、ゆっくりすごす休日の始まりに相応しい音です。

最近はラジオ放送そのものもネット配信されるようになりました。まだ試験配信ですが、大都市圏で「radiko」というネット配信も始まってます。これからはラジオが今までの受信機でだけはなく、インターネット経由でパソコンでも聴けるようになるようです。うまく著作権問題が解決されればいいのですが。

子供の頃から続くラジオの日々。トランジスタラジオから始まり、ポケットラジオ、Macに接続出来るラジオ、そしてネット配信。受信機の形態は変わってきたけど、音だけで、いろんな情報や表現、メッセージを伝えるラジオの本質は変わらないと思います。
私はこれからも、変わっていく、そして変わらないラジオを聴き続けると思います。

2010年8月15日日曜日

8月15日の映画

映画の話です。

子供たちに観て欲しい映画があります。
小学生にはジブリ作品で高畑勲監督の「火垂るの墓」。
中学生以上にはスピルバーグ監督の「プライベート・ライアン」。
この2本を観せて「本当の戦争はもっと悲惨だよ」と伝えたいです。

あくまでも、個人的見解ですが、未来を担う子供たちへのメッセージです。

今日は8月15日、終戦記念日です。

電子の海

デジタルな話です。

ワープロ(パソコン)を使って文章を書くようになってかなりの年月が経ちます。
日記のようなモノだったり、映画の感想だったり、徒然文だったり、このブログだったり。
そんな今まで書いた文章はその時々にバックアップを取っている・・・ハズなので、探せば見つかると思います。きっと部屋の中か、倉庫の中に眠るCD-RかDVDを搜しまくれば出てくるはずです、たぶん。捜すのは相当大変だとは思いますが。だからお目当ての文章を見つけるの至難の技、というか、まず無理だと思います。
20才の頃に勢いで書いた映画の感想なんて恥ずかしくて読みたくはないのですが・・・。

最近、思いついたこと、ちょっとしたこと、メモ的なこと、ネット見つけた気になるWEBページなどは、Evrenoteというモノに記録してます。Mac側にソフトを入れて記録すれば、そのままMac内に保存してくれますし、同時にネットワーク上のEvrenoteのサーバと同期して保存してくれます。iPhone等のスマートフォンからも利用できます。
いわゆる、クラウドのようなものです。

もし、Macが壊れてしまっても、ネットワーク上にデータがあるので復元も楽です。結構便利で、最近は何でもかんでもEvernoteにとりあえず記録してます。これなら何年たってもすぐにデータを確認できるみたいです。
でも、もしバックアップも取ってない状態でMacとネットワーク上のEvrenoteのサーバが同時に壊れたら・・・・おしまいですね。
つい最近も米国でEvrenoteのサーバに障害があってデータが消失したそうです。
デジタルのデータはちょっとしたことで、すぐに消えてしまいます。
CDやDVDにバックアップしていても、ちょっと傷が付いただけで読み込めなくなる可能性もあります。

以前、村上春樹氏がエッセイで確かこんなことを書いてました。
パソコンで原稿を書いたけど、急にデータが消えてしまった。自分が書いた原稿はどこにいったのだろう? 電子の海をさまよっているのだろうか・・・・そんな感じでした。
このブログの記事は全くバックアップを取っていません。もしサーバに障害が起こってしまったら今まで書いたモノはすべて消えしまいます。そうなると、今まで書いたモノは電子の海をさまようことになってしまいそうです。
ガラスの小瓶に入れた手紙は、海をさまよい、そのうち誰か拾われて読まれた時代もありました。同じように消失した電子の文章のデータも、電子の海をさまよい、いつか誰かに偶然読まれる、なんてことは多分ないですね。

カセットテープ、ビデオテープ、CD、MD、DVD、Bluray等いろんな記録メディアがあります。でも、もっとも安全、かつ、何年経っても見ることが出来る記録メディアは、紙だと思います。100年後、カセットデッキは存在してるのでしょうか? 100年後、Blurayを再生できる装置は骨董品扱いかもしれないです。紙に記録されたものは、基本的に人間の目で何年経っても見ることが出来ます。
紙、最強です。

電子書籍で賑わっている昨今ですが、紙に勝るものはないですね。
デジタルモノ好きな私でも、意外とそう思ってます。

2010年8月14日土曜日

捨てられない

捨てられない話です。

モノが捨てられない性格です。
もったいないとか、エコを意識してるわけではなく、単に貧乏性かもしれないです。
特に、本、雑誌の書籍類。本棚はパンパンに本を詰め込んでます。隙間があればぐいぐいと。
たまに、「これはもう読まないなぁ、たぶん」という雑誌をダンボールに入れて自宅の倉庫に片付けます。ホントはここで処分するとか、ブックオフにでも売るとかすればいいのだけど、できません。もしかしたら・・いつか読むかも・・と、まず来ることがない日のことを思ってしまいます。わかっていても、できないんですよね。
面白かった本は当然、そうでなかった本も、いろんな思い入れがあって手放せないのです。
最近は、自分で本を裁断してスキャンして電子書籍化してる人が多いみたいですね。確かに便利だと思います。でもなぁ、本を切り取ってしまうなんて・・・・出来ないです。
ホント、捨てられない性格です。

本以外でどうしても捨てられなかったモノがあります。
引越しの時です。引越しはモノを処分するチャンスです。その時は結構雑誌も処分しました(涙)
問題は食べ物です。醤油やソースは量も少なかったし、液体なので捨てました。すぐに食べられるモノは食べてしまいました。
どうしても捨てられなかったのはお米です。量は多くなかったのですが、食べきれる量ではなく、少し残ってしまいました。その少量が捨てられない。どうしても捨てられない。できるだけ引越しの荷物は少なくしたかったのですが、捨てられない。
だって、お米ですよ、日本人の食べ物と言えば、お米です。
結局、お米を持って引越ししました。そのお米は引越し先で美味しくいただきました。
やっぱり自分は日本人なんです。

私の人生最後の食事、最後の晩餐は、きっと白いゴハンなのかもしれないです。

2010年8月11日水曜日

本日の、好きな映画を1本

映画の話です。

質問:好きな映画を1本教えてください。
この質問、すごく困ります。今まで聞かれたことないけど、聞かれたら絶対困ります。1本だけなんて選べるわけないです。
以前、劇作家の人がこの質問についてエッセイで書かれてました。この質問をされたら、その時の気分で答えると。その日の天気だったり、目の前にいる人の雰囲気から考えて答えると。
なるほどです。

それをふまえて、本日の、私の好きな映画を1本紹介です。
暑い夏が続いてます。猛暑です。酷暑です。厳しい夏です。
こんな暑い日に観たい映画は「グラン・ブルー」です。リュック・ベッソン監督の作品です。
海を舞台にしたフリーダイバーをめぐるお話です。有名な作品なので、説明は不要ですね。
すごく簡単に、私流に言えば、海、イルカ、サントラ、そして、エンゾ、です。そういう映画です。
この作品でエンゾ役を演じたジャン・レノはすごく魅力的で主役より印象に残ってます。
この作品のサントラを聴いていると、深海へ眠るように、ゆっくりと潜っていくような感じがして、暑い夏にはいい感じのサントラだと思います。

うだるような暑い夏には、この作品を観て、海に包まれるような気持ちになれれば、少しは夏を快適に過ごせるかもしれないです。


質問2:好きな映画を10本教えてください。
この質問だったら答えられます。いろんなジャンルから1本、1本詳しい解説とともに話すことができます。かなり時間はかかりますが。相手が途中で逃げてしまうかもしれないですね。
この話はまた、別の機会に、です。

2010年8月8日日曜日

耳かきマッサージ

耳かきの話です。

耳かきが好きです。ほぼ毎日してます。
耳鼻科の先生曰く、毎日する必要はない。週に1回ぐらいで十分。それ以上は耳に良くないです、という話をよく聞きます。専門の医師の話なので、たぶん正しいのでしょう。
でも、私はほぼ毎日してます。手持ちぶたさでつい耳かきをすることも一日2,3回あります。
そんな私の耳の調子なんですが、いたって好調です。
以前、健康診断で聴力検査の時も担当技師の人に「聴力いいですね〜」と言われたくらいです。
少し前も学校の教室で座っていて、どこからかヴゥ〜ン、ヴゥ〜ンと携帯の着信バイブの音が。着信音は切ってあるらしくバイブの音のみがずっと鳴ってました。私の周りにも他の生徒さん達が座っていたのですが、誰も気づかないようです。しばらく鳴り続けても誰も気づかないので「携帯鳴ってるよ〜〜」と私が言うと近くの人が慌ててバックから鳴っていた携帯を取り出しました。その様子を見て、周りの人たちは「なんで聞こえるの???」と不思議がっていました。
なんでと言われてもですね・・・・、聞こえるものは聞こえるのです。
それくらい耳の調子は絶好調です。

耳の調子が良いのは頻繁な耳かきのおかげ・・・かどうかわかりませんが、やっぱり私は耳かきが好きです。
私の場合、耳かきは耳掃除よりも、耳のマッサージの意味合いが大きいです。スタンダードな竹製のヘラタイプの耳かきで耳の内部をなでるようにしたり、一定部分をゆっくり押したりとホントのマッサージのようにします。これが気持ちいいのですよ、はい。
耳かき自体も何本か持っています。竹製のヘラの部分をヤスリで削って、自分の耳に合うようにだったりとか、掻きやすいようにとか、用途と目的、状態にあわせて自分仕様にしています。

耳かきで耳の内部をキレイに掃除し、耳かきマッサージでリラックスして、耳をすませば、世の中の綺麗で澄んだ音だけ聞こえればいいですが、なかなかそうはいきません。
出来れば世間の喧騒は聞きたくないものです。

2010年8月5日木曜日

夏、セミの声

夏の話です。

庭仕事をしました。
そんなに大げさな作業ではなく、シャベルで土を掘り返し、足場代わりになる石を埋め込む作業です。
この猛暑の中、昼間に作業するのはさすがに倒れそうなので、夕方にしました。午後6時半すぎです。この時間なら少しは涼しくなって大丈夫だろと思いつつ・・・・。
甘かったです、30分ほどの作業にもかかわらず、滝のような汗、Tシャツも汗でびっしょりです。ちょっとふらふらしました。
やっぱり今年の夏は猛暑です。

庭作業をしていると、あちこちにセミの抜け殻が落ちてました。この抜け殻の主だったセミたちは朝から激しく合唱してます。地上での短い生を謳歌しているかのように。
幼虫から脱皮している途中で力尽きているセミも2匹いました。おそらく脱皮している途中で直射日光を浴びてしまって命果ててしまったのかもしれません。
地上に出てから約1週間だけ鳴き続けるセミ。以前は、うるさいなぁと思っていたのですが、最近は、地上での生を楽しむんだよ、と思うようになりました。

夏は苦手なんだけど、セミの鳴き声を聞くと、地上での生を楽しめよ、とセミに思いつつ、自分には、夏を楽しめよ、言い聞かせてます。

2010年8月3日火曜日

紙は天にあり、世はすべてこともなし

本の話です。

iPhone、iPad等の新たなデバイスの登場で電子書籍が話題になってます。
私も最近、MacBookで小説を読むようになりました。今まで読む機会がなかった作品や、今更買って読むのもなぁ、という名作を青空文庫で手に入れて読んでます。
本で読むのとちょっと感覚が違うのですが、慣れればそう気になりません。
電子書籍は利点も多々あります。まず、かさばりません。本好きにとっては部屋が本で埋もれることが多いのですが、電子書籍はデータですから、パソコン等で全て管理できます。持ち運びも楽です。通勤時のバックの中に文庫本10冊を持ち運ぶなんて紙の本では大変ですが、電子書籍ならiPhoneなどに入れてしまえば問題なしです。出版する側にとっても在庫管理が楽です。
また電子書籍ならではの本の表現方法、例えば、動きをつけたり、音を出したりと、新たな本の可能性が広がります。

でも、私は紙の本が好きです。
紙の本の表紙に触れた時の感触、持った時の重さ、ページをめくる時の紙の手触り、古本屋の少し黴びた紙の匂い・・・などなど。そして何よりも本を所有する喜び。電子書籍はデータなのであまりそういうのは感じません。
こういう本に対する思いは、将来的にはただの懐古趣味といわれるかもしれませんが・・・。

私は、紙の本と電子書籍は共存すると思ってます。少なくとも紙の本がなくなることはないと思います。なくなってほしくないです。

このブログのタイトル、「世はすべてこともなし」はロバート・ブラウニングの詩、「ピッパが通る」からの一節、「神は天に在り、全て世はこともなし」から引用しています。「赤毛のアン」や「エヴァンゲリオン」の作中にも引用されてます。意味は「神様は天にいて、世の中には何の事件も起こらない。」と、そんな感じの意味です。
紙の本と、電子書籍の事も、いずれは何事もなかったように共存し、多くの人に読み継がれればと、思ってます。

今回の記事のタイトルもそんな思いを込めて、「紙は天にあり、世はすべてこともなし」です。

2010年8月1日日曜日

素晴らしき日々

素晴らしき日々の話です。

先日、一つの区切りがありました。
3ヶ月間の期間限定の学校に通っていて、7月30日をもって無事に終了しました。
十分に学び、楽しみ、充実した3ヶ月間でした。休むのがもったいなく感じる90日間でした。
授業の内容自体、素晴らしく、学びがいがあったのですが、それ以上に素晴らしいものがありました。
人との出会いでした。
同じ目標をもった生徒の皆さん、そして親切で熱心な講師の方々。人として個性溢れる良き人ばかりでした。
5月7日から同じ学ぶ目的をもって、同じ場所に集まり、同じ時間をすごし、最終日の7月30日を迎えることが出来ました。
違うのは年齢と性別のみですが、それはまったく関係なかったです。
そんな良き人たちがいたからこそ、3ヶ月間満ち足りた時間が過ごせたのだと思います。

私はどちらかと言えば、個人的な人間で、集団行動が苦手です。でもこの3ヶ月間は違ってました。毎日、仲間がいるあの教室に向かうのが楽しくて仕方なかったです。共に学ぶことで、自分自身成長しているのが実感できました。それは一人だけでは決して感じることのできなかった、満足感と達成感です。

この仲間との出会いを、そのまま終わらせるのはもったいないです。何かしら、どこかしらで、出会った仲間とつながっていたいと切に願ってます。

このブログ、生徒や講師の皆さんが目にしてくれてると思います。
この場を借りて、感謝を伝えたいです。
私と出会っていただいてありがとうございます。この出会いに感謝しています。
そして、これからもよろしくお願いします。

本当に、素晴らしき日々でした。