日々の話です。
とある偶然からはじまったこのブログ、今回で100本目の投稿となりました。
今まで日記のようなものはまったく書いたことがなかったのですが、よくここまで続いたものです。
はじめの3ヶ月は、思いついた事を、思いついた時に、思うがままに書いていたのですが、4ヶ月目からは、”月に10本書く”を自分に課していました。
書くことで、思考を止めない脳の訓練にもなったようです。
ある意味、脳トレです。
脳の活性化です。
自分にとっての書く作業は、陶芸の粘土を練っている感じがします。
書いては消して、また書く。それが文という粘土を練っていて、練るほどにだんだんと文から文章としての形になっていく、そんな感じです。
まぁ、後から読み返せば、不揃いな文章ばかりだったのかもしれないですが。
前回までの99本を読み返してみると、映画に関することで多く書いてます。
その次は生活、日常の出来事ですね。書きやすい内容ですね。
本に関することも書いてますね。最近は忙しくてあまり読んでいませんが。
まとめて読み返すと、結構面白いです。
日々の記録にもなってるし、自分の思考パターンが客観視できます。
ちょっと、恥ずかしい部分もあります。
ま、それはそれで、いいのかもしれない、と思うようにします、はい。
わりとコンスタントに書いてきたのですが、書けない時期もありました。
やはり震災直後です。
あれだけ衝撃的な映像を何度もTVで見てしまうと、心がマイナス側に引っ張られて書く意欲がでなかったです。
何を書いても、無力さを感じるだけのような気がしました。
今回で100本、キリがいいです。年度末でもあります。
一つの区切りにしようと思います。
月に10本、週に2,3本書いてきたのですが、一旦休もうと思います。
でも、何かあれば、例えば、美味しいモノを食べたり、ココロ踊る映画を観たり、感性を刺激する本を読んだり、心和ませる風景を見たり、何気ないけど、心の琴線に触れる出来事があれば、思いつくまま、思いついた時に書くと思います。
ま、突然書くこともあるということです。
今まで、日々のことを書きとめることで、日常の生活の中にある、ささややかだけど、穏やかで、和み、安らげる小さな幸せだったり、忘れずに心に留めておくことが出来たような気がします。
これまでも、いろいろあったし、これからも、いろいろあると思います。
でもそれは、日々の出来事の中で、ごくごく普通のことで、日常のことです。
そんな日常の中に、幸せはあるのではないかなと、ふと、思ったります。
そして、世はすべてこともなし、です。
では、また。
世はすべてこともなし
日々のこと、本を読み思うことだったり、映画を観て想うこともあり。自転車に乗って街や季節の移り変わりを感じることも。自分の五感を信じて思うがままに綴る日々の記憶の記録です。
2011年3月31日木曜日
2011年3月28日月曜日
変わりつつある
変化の話です。
3月も終わりに近づき季節も冬から春へと変わりつつあります。
少しづつ暖かく感じる日が増えてきました。自転車で出かけても気持よく走れます。
だんだんと自転車生活が楽しくなる季節です。
そう思っていると急に寒くなったりします。
三寒四温というものでしょうか。
そんな日は、”今シーズン最後の鍋だ”と言いつつ去りゆく冬の食欲を惜しんでいます。
いろんなモノが変わりつつある時期です。
自宅にいる時はラジオを聞いてることが多いのですが、この時期は番組が終了する事が多いです。
長年聴いている番組が終わったり、終わらずとも大幅リニューアルだったり、時間変更だったりします。
寂しくもあり、新しい番組に期待しつつ、スピーカーに耳を傾けています。
ラジオと言えば、インターネットで聴けるRadikoが現在全国で聴けるようになっています。
本来なら東京、大阪などの一部地区でしか聴けなかったのですが、震災への緊急対応により聴けるようになっています。
早速、東京地区で放送されているJ-WAVEを聴きました。
東京に住んでいた頃はよく聴いていたのですが、東京を離れてしまったので、久しぶりに”♪じぇ〜い、うぇ〜ぶ♪のジングルを聴きました。懐かしいです。
震災地域への緊急対応による地区制限開放なので、それ以外の地域の方が聴くことでRadikoのサーバーを圧迫し、震災地区の方々が聴けなくなれば意味がないので、短い時間だけ懐かしみつつ楽しみました。
Radikoは4月中旬から私の住む地区でも正式に始まるようです。
普段はFM中心で聴いているのですが、たまにAMを聴こうとしてもラジオチューナーがパソコン機器の側に設置していることもあり、AMは雑音ばかりで聴きづらいです。
RadikoではAMもクリアな音声で聴けるようです。
今後は少しはAMを聴く機会が増えそうです。
少しはラジオの生活にも変化があるかもしれないです。
季節が変わりつつ、いろんな物事が変化し、終わり、始まる時期。
今、日本は否応なく、良くも悪くも変化を求められている時期かもしれないです。
私自身も変わるべき部分は変わり、変わらずとも良いことはそのままで、良い意味で変化という成長ができれば、と思っています。
ゴロゴロしながらラジオばかり聴いてちゃダメってことですね、はい。
3月も終わりに近づき季節も冬から春へと変わりつつあります。
少しづつ暖かく感じる日が増えてきました。自転車で出かけても気持よく走れます。
だんだんと自転車生活が楽しくなる季節です。
そう思っていると急に寒くなったりします。
三寒四温というものでしょうか。
そんな日は、”今シーズン最後の鍋だ”と言いつつ去りゆく冬の食欲を惜しんでいます。
いろんなモノが変わりつつある時期です。
自宅にいる時はラジオを聞いてることが多いのですが、この時期は番組が終了する事が多いです。
長年聴いている番組が終わったり、終わらずとも大幅リニューアルだったり、時間変更だったりします。
寂しくもあり、新しい番組に期待しつつ、スピーカーに耳を傾けています。
ラジオと言えば、インターネットで聴けるRadikoが現在全国で聴けるようになっています。
本来なら東京、大阪などの一部地区でしか聴けなかったのですが、震災への緊急対応により聴けるようになっています。
早速、東京地区で放送されているJ-WAVEを聴きました。
東京に住んでいた頃はよく聴いていたのですが、東京を離れてしまったので、久しぶりに”♪じぇ〜い、うぇ〜ぶ♪のジングルを聴きました。懐かしいです。
震災地域への緊急対応による地区制限開放なので、それ以外の地域の方が聴くことでRadikoのサーバーを圧迫し、震災地区の方々が聴けなくなれば意味がないので、短い時間だけ懐かしみつつ楽しみました。
Radikoは4月中旬から私の住む地区でも正式に始まるようです。
普段はFM中心で聴いているのですが、たまにAMを聴こうとしてもラジオチューナーがパソコン機器の側に設置していることもあり、AMは雑音ばかりで聴きづらいです。
RadikoではAMもクリアな音声で聴けるようです。
今後は少しはAMを聴く機会が増えそうです。
少しはラジオの生活にも変化があるかもしれないです。
季節が変わりつつ、いろんな物事が変化し、終わり、始まる時期。
今、日本は否応なく、良くも悪くも変化を求められている時期かもしれないです。
私自身も変わるべき部分は変わり、変わらずとも良いことはそのままで、良い意味で変化という成長ができれば、と思っています。
ゴロゴロしながらラジオばかり聴いてちゃダメってことですね、はい。
2011年3月20日日曜日
日常
日常の話です。
TV放送がほぼ通常放送になり、その他いろんな事が少しずづ普段の生活、日常に戻ってきたような気がします。
でもそれは、被災地から遠く離れた地に住んでいて、震災に遭わなかった私が感じることであって、被災者や近隣地域の人々にとっては、日常は遥か遠いことかもしれません。
今、私に出来ることは、日常の生活を送ることだと思います。
朝起きて、朝食をきちんと食べて、働き、休み、お昼を食べて、また働き、夕食をしっかり食べて、十分休み、よく眠る。
そんな極々普通の生活を送る。
そんな生活の中で、節電をし、無駄な買いだめなどせず、近い距離なら車ではなく、自転車で出かける。
働いて得たお金で余裕があれば、無理しない範囲で募金をするのもいいし、献血も考える。
そんな難しいことでもなく、当たり前の事であって、今まで忘れていた事もあるけど、今回の出来事であらためて考えさせられたシンプルな生活。
そんな日常を送ることが私の出来ることだと思っています。
そしてもう一つ私にできることは、祈ることです。
現実的でなく、何の効果もなく、何の役にも立たないことかもしれないです。
それでも、祈ります。
大きな災いも、醜い争いも、悲しい別れもなく、小さくても、心穏やかに、和み、微笑ませてくれる、そんな幸せのある日常が、被災された方々に一日も早く戻りますように、祈ります。
TV放送がほぼ通常放送になり、その他いろんな事が少しずづ普段の生活、日常に戻ってきたような気がします。
でもそれは、被災地から遠く離れた地に住んでいて、震災に遭わなかった私が感じることであって、被災者や近隣地域の人々にとっては、日常は遥か遠いことかもしれません。
今、私に出来ることは、日常の生活を送ることだと思います。
朝起きて、朝食をきちんと食べて、働き、休み、お昼を食べて、また働き、夕食をしっかり食べて、十分休み、よく眠る。
そんな極々普通の生活を送る。
そんな生活の中で、節電をし、無駄な買いだめなどせず、近い距離なら車ではなく、自転車で出かける。
働いて得たお金で余裕があれば、無理しない範囲で募金をするのもいいし、献血も考える。
そんな難しいことでもなく、当たり前の事であって、今まで忘れていた事もあるけど、今回の出来事であらためて考えさせられたシンプルな生活。
そんな日常を送ることが私の出来ることだと思っています。
そしてもう一つ私にできることは、祈ることです。
現実的でなく、何の効果もなく、何の役にも立たないことかもしれないです。
それでも、祈ります。
大きな災いも、醜い争いも、悲しい別れもなく、小さくても、心穏やかに、和み、微笑ませてくれる、そんな幸せのある日常が、被災された方々に一日も早く戻りますように、祈ります。
2011年3月14日月曜日
TVのチカラ
TVの話です。
今回の災害の様子がTVで放送されています。
この1週間、想像を絶する映像が何度も繰り返し流しています。
災害直後は重要な情報の一つだったのかもしれないですが、今は少し違うような気がします。
悲惨な映像を繰り返し見ていると、被災していない人でも心が映像に引っ張られて精神的に落ち込んだり、体調を崩すことがあるそうです。
この数日、TV放送が少し変わってきました。
少しずつ通常放送を行ったり、NHKでは夕方子供向け放送をしています。
子供は影響を受け易いのでいいことだと思います。
日本テレビが夕食の時間帯に「はじめてのおつかい」や「仮装大賞」を放送していました。これも良い配慮だと思います。こういう番組は心を和ませてくれます。
災害直後は、被災した人々に無神経なインタビューをする場面も多少はありましたが、阪神大震災以降の災害時の教訓を活かして、”TVのチカラ”を良い方向に出して避難所の厳しい現状や被災者からのメッセージを放送していました。
TVのチカラは良くも悪くも影響力があります。
良い方向にTVのチカラが働きますように。
今回の災害の様子がTVで放送されています。
この1週間、想像を絶する映像が何度も繰り返し流しています。
災害直後は重要な情報の一つだったのかもしれないですが、今は少し違うような気がします。
悲惨な映像を繰り返し見ていると、被災していない人でも心が映像に引っ張られて精神的に落ち込んだり、体調を崩すことがあるそうです。
この数日、TV放送が少し変わってきました。
少しずつ通常放送を行ったり、NHKでは夕方子供向け放送をしています。
子供は影響を受け易いのでいいことだと思います。
日本テレビが夕食の時間帯に「はじめてのおつかい」や「仮装大賞」を放送していました。これも良い配慮だと思います。こういう番組は心を和ませてくれます。
災害直後は、被災した人々に無神経なインタビューをする場面も多少はありましたが、阪神大震災以降の災害時の教訓を活かして、”TVのチカラ”を良い方向に出して避難所の厳しい現状や被災者からのメッセージを放送していました。
TVのチカラは良くも悪くも影響力があります。
良い方向にTVのチカラが働きますように。
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